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#03 坂本博之さん - Tokyo里親ナビ|子どもと里親の暮らしを知るサイト

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Talk&Real

里親暮らしのリアル 本音トーク(対談)

#03 坂本博之さん(元プロボクサー・SRSボクシングジム会長)49歳

  × 福家英幸さん(児童養護施設「希望の家」副施設長・里親支援専門相談員)
  × 大久保健さん(児童養護施設「クリスマス・ヴィレッジ」職員・里親支援専門相談員)

 Hiroyuki , Sakamoto & Hideyuki , Fuke & Takeshi , Ookubo

生き直しと、待ちの愛情

元プロボクサーの坂本博之さん(写真中)は、乳児院や児童養護施設で育った経験がある社会的養護の当事者です。現在は、東京・下町で自らが営むボクシングジムを拠点に、施設や里親のもとで暮らす子どもたちの“生き直し”を支援する活動を続けます。地域の支援者仲間、児童養護施設「希望の家」の福家英幸さん(写真左)、「クリスマス・ヴィレッジ」の大久保健さん(写真右)と、社会的養護が必要な子どもを支えることについて、語り合ってもらいました。

(聞き手・文=清水麻子 写真=鈴木愛子)

 

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profile

さかもと・ひろゆき 49歳。元プロボクサー。社会的養護の当事者。東京・荒川区西日暮里にSRSボクシングジムを開業。両親の離婚をきっかけに、福岡県の乳児院と児童養護施設で育つ。施設時代に偶然、テレビでボクシングと出会い、20歳でデビュー。座右の銘は「不動心」

 

ふけ・ひでゆき 東京都葛飾区の児童養護施設「希望の家」副施設長・里親支援専門相談員(※)

 

おおくぼ・たけし 東京都足立区の児童養護施設「クリスマス・ヴィレッジ」職員・里親支援専門相談員(※)

 

※里親支援専門相談員:家庭復帰が難しく、家庭的な環境で養育されることが望ましい子どもについて、児童相談所と協力して里親委託を推進する児童養護施設の専門職のこと。里親宅に定期的に訪問し、里子育ての悩み相談などにのっている。

 

※年齢は2019年12月現在。

ご近所で、子どもを支援する仲間

━━3人は、普段からお付き合いがある地域の仲間だとお聞きしています。

 

福家 一昨年度にうちの施設(希望の家)の中高生への研修で講師になっていただいたことがご縁で、親しくさせていただいています。私自身も坂本さんのファンであったのでとても嬉しかったです。ジムと施設が近いので、子ども達にお菓子を持ってきてくださったり、いつも大変お世話になっています。

 

坂本 子どもたちは僕のこと「サカモっちゃん」って呼んでくれているんですが、近所のスーパーに行くと、よく施設の子たちから「あー、サカモっちゃん」って声をかけられます。すごくうれしいです。先日は、地元・葛飾区の子育て講演会&養育家庭体験発表会で、僕の経験を話させていただきました。

 

━━希望の家の研修会では、どんなお話を?

 

坂本 行動が大切という話です。プロボクサーになろうと決めたとき、僕は施設にいたので、お金もないしジムは高嶺の花だったんです。でもお金がなくてもできることはあると、早朝に走ったり体のトレーニングから始めたんです。

 

一歩を踏み出せなかったら、半歩。半歩を踏みだせなかったら、すり足でもいい、そうすることが、前に進むということだからと、子どもたちには伝えました。子どもたちは、真剣なまなざしで聞いてくれていた。自分の夢のヒントにくらいつくような、そんな感じの目をしていました。でも、これはどの施設に行ってもそうなんです。社会的養護のもとで暮らす子どもたちは、必死で生きているんです。

 

福家 同じ経験を持つ当時者の坂本さんだからこそ子ども達にも“熱”が伝わったと思います。普段は無気力だったり、そっぽを向いている子ども達もボクシングのセッションにも積極的に参加し、講演にも真剣に耳を傾けていました。講演終了後には皆坂本さんにサインをもらうために並んでいたのが印象的で、それに坂本さんも応えていただき、子ども達一人ずつに温かい言葉をかけていただきました。

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「社会的養護のもとで暮らす子どもたちは、必死で生きている」と、坂本さんは話します。

一瞬(いっしゅん)を懸命に、生きる

僕は幼いころ、誰かと比べられるのキツかったんですね。「なんだよ、俺だって一生懸命やっているのに」という気持ちが、いつも僕の中であったんです。だから僕は子どもたちとのつきあいの中で、他人と比べることは一切、言わないようにし、代わりに「一瞬(いっしゅん)懸命」という言葉を伝えているんです。

 

━ ━生懸命じゃなくて、一瞬(いっしゅん)懸命ですか?


坂本 そうです。一瞬(いっしゅん)懸命。「一瞬だけ、やろう」と言っているんです。できないと思っても、瞬間やったら、できるやろ?と。でも、その瞬間は、また5時間後、そして明日にも来るんだよって。その一瞬、一瞬、目の前のことに向き合うことの積み重ねが、一生懸命生きたと言える人生になるんだよと。「サカモっちゃんは、そうやって一瞬の『懸命』を繋いできたんだよ」という言い方をすると、子どもたちは「それだったら俺も、私もできる」と言ってくれます。

 

大久保 うちの施設(クリスマス・ヴィレッジ)でも、成人を祝う会で話していただいたり、坂本さんに個別にかかわってもらっていたり、ジムに通わせていただいている高校生の女の子もいます。いつも夢を持たせていただいています。

 

━━地域が家族のようになっていますね。


福家 そうなんです。うちの施設には不登校のお子さんもいるんですが、坂本さんは「いつでも連れてきてくださってもいいですよ」と言ってくださるので、とても心強いです。

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現役時代の坂本さん。1993年に日本ライト級王座を獲得。1996年には東洋太平洋同級王者となり、“平成のKOキング”と呼ばれました。2000年の畑山隆則戦では、名勝負を演じました。

 お金がないなら、ないなりに一歩踏み出す

 坂本 うちのジムからプロ第1号となった錨(いかり)吉人君というプロボクサーがいます。デビュー前に鹿児島から上京して別の施設に住みながら、僕のジムに通うことになったんですね。その施設からジムは少し離れていたんですが、最初、錨君は、「お金がないから電車でジムに通えない」と言ったんです。僕はそのとき「お前が持っている常識の概念を、外せ」とアドバイスしました。

 

最寄りの駅じゃなくても別の駅まで歩いて通ってもいいし、お金がなかったら自転車だってある。自分の夢を追いかけると決めたのなら、お金がないならないなりに一歩を踏み出してほしかった。何らか行動すれば、夢はすぐには叶わなくても、ホップは進めるでしょと。次にステップ、ジャンプでしょと。錨君は、「分かった」と答え、何もないところからプロに登りつめました。

 

━━お金がないならないなりにとは、いい言葉ですね。幼い頃は、食べ物がなくザリガニやタニシを食べたこともあるようですね。


坂本 預けられた先の知人宅で食べさせてもらえず、弟もいて、当時は本当にザリガニやタニシを食べなければ、2人飢え死にするしかなかった。偶然にも、この前、うちの小学生の娘が、近所でザリガニをとって持って帰ってきたんですね。しみじみと「このザリガニで命が繋がってたんだなー」って眺めながら感慨に浸っていたら、娘が「お父ちゃん、このザリガニ食べてたんでしょ。汚い」って言ってきたんですね。そうしたら急に、うちの奥さんが「あんた、何言ってるのー!お父ちゃんに謝りなさい!」って、すごい剣幕で怒ったんですよ。

 

娘は泣いたんですが、そのとき僕、娘に言ったんですよ。「例えばピーマンが嫌いで、ピーマンしかなかったらどうする?」って。そうしたら娘は「食べる」って言うんですよ。「だからそれと同じなんだよ。お父ちゃんは、当時これしか食べるものが周りになかったから、食べてたんだよ」って伝えたんです。食べたくても食べ物がない空腹のつらさを、分かってくれたようでした。

 

令和の現代になっても、貧困や虐待は身近にあって、僕が40年前に経験したことと同じ境遇で生きている子どもたちがいます。そんな子どもたちを作っているのは大人なんですよね。だから大人が責任を持って、子どもたちの環境を変えていかないといけないと思います。

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乳児院時代の、坂本さん。当時の先生とは、今でもつながっているそうです。

 やんちゃをしても見捨てない、待つ愛情

 ━━坂本さんのジムには、里親家庭のお子さんもいらっしゃいますか?

 

坂本 はい、います。里親さんがことあるごとに僕に連絡してくれて、「この子はこういうのが好きなんです」と、いろいろ教えてくれています。「ああ、本当にこの子のこと考えてくれているなあ」と思います。その子はやんちゃな男子で、施設時代はいろいろやりすぎて児童自立支援施設に行ったこともありました。でも、その里親さんの元に来てからは、里親さんが困ることはやめようと、自分の行動を制止していた。その里親さんのことを、その子は「ばあちゃん」と呼んでいましたが、「ばあちゃんが困ることはやめよう」という感じです。

 

僕は、その里親さんを見ていて「その子がいくらやんちゃをしても、見捨てない」という意志の強さを感じました。愛情にはいろんな形がありますが、この里親さんの愛情は、教え続ければ、この子はいつか分かってくれるはずという「待つ愛情」だと思います。彼が変われるまで待ってあげている。これは一般的には非常に難しいように言われていますが、我々大人は子どもより経験を踏んでいる分、待つことができると思います。

 

福家 すごく共感します。児童養護施設の職員も、「待つ」ことが試されます。子どもたちからひどい言葉を投げかけられたりもしますが、それでも待つ。その待つという姿勢を続けていると、子どもは、自分を見捨てないというのを分かるんじゃないでしょうか。子どもは見極めて「この人、信じてみようかな」となりますよね。

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希望の家の福家さん

 

坂本 子どもに里親さんを敬う気持ちが現れたら、その子はもう大丈夫なんだと思います。「もし、自分がこの道を突き進んでいっちゃったら、この人を泣かせてしまう」と思ったら、そこで止まる。「正しい」の「正」の字の一番上の「一」の横線は、行動を止めているんです。里親さんが、この「一」の存在になれれば、子どもたちは暴走せず、正しいところで止まれるんです。

 

━━それは、坂本さんご自身の当事者としての実感でもあるのでしょうか?

 

坂本 僕の強い実感です。僕は中学生のころ、行き過ぎた行動を、大きな「待つ愛情」で受け止めてくれた人との出会いがあって、変わっていけた。

 

福家 坂本さんが今、おっしゃった「待つ愛情」のこと、僕は新人の職員に同じことを伝えています。子どもが職員に対して、この人を喜ばせたい、この人を悲しませることはやめようということになれば、大丈夫だと。ただそこに行きつくまでは、時間もかかるし苦しいことも多いが、寄り添っていくことが大切と話しているんです。

 

大久保 こういう話を聞くと、里子育ては大変そうに聞こえるかもしれません。でも東京都にはチーム養育という里親さんを支える仕組みがあるので、一人で里子を育てるわけではないことを知ってほしいと思います。委託前後には複数の専門職が里親さんを囲んで会議が開かれます。そのとき、里親さんは、どんな人からどんなサポートを得られるかを知ることができます。ふだんから専門家と顔のみえる関係を築いておけば、里親さんは孤独に陥ることはないので、安心してほしいと思います。

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クリスマス・ヴィレッジの大久保さん

 社会的養護の子には、「情動調律」が大事

━━実際、子どもが委託されたら、里親さんはどういうふうに接するとよいのでしょう? 

 

坂本 僕は、子どもに波長をあわせることが重要だと思っています。「情動調律」という言葉があるんですが、生まれたての赤ちゃんが泣いていたら、我々大人は必死であやして、赤ちゃんに波長をあわせていますよね。これが赤ちゃんに情動調律しているということなんですね。子どもが少し成長して小学高学年とか、中学生になったら「あれ、先週も言ったよね」とか「先月も言ったよね」という小言が多くなって、感情論でぶつかりあってうまくいかなくなってしまう。

 

でも、赤ちゃんに波長をあわせられるんだから、里親さんは大きくなった子どもたちにも波長をあわせることができるはずです。波長をあわせるとき、昭和の時代の私たち大人と、今の子どもたちの感覚は違うので、今の時代の子どもにも波長をあわせるというちょっとした気遣いが必要になってくるように思います。

 

もちろん、子どもに波長をあわせるから甘やかすことじゃないし、なんでもいいよいいよと聞いてあげることでもない。波長をあわせながら、我々が教わった時代のいい教訓も教えながら、子どもに勘違いさせないよう注意して前に進めば、いい関係性が築けることを実感しています。信頼を築いたうえでなら、「前に出ろ」と檄を飛ばしても、そっぽを向かれない。

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児童養護施設で、子どもたちにボクシングを教える坂本さん

 

福家&大久保 坂本さん、熱いですね。

 

坂本 (笑)「熱を持って接すれば、熱を持って返ってくる」ということを、僕はいつも言っています。

 

つい先だって、僕と元プロテニスプレーヤーの松岡修造さんと、テレビで「虐待の連鎖をとめる」という趣旨の対談をしたんですよ。松岡さんの教えているまっすぐで情熱的な熱と、僕の社会的養護の子への熱の違いの話になって、最後に松岡さんが「坂本さん、僕の熱は間違っていました」とおっしゃったんです。

 

そのとき僕は「松岡さんの熱は間違いじゃないですよ。プロのテニスプレーヤーなら松岡さんのような熱が大事でしょう」と言ったんです。ただ松岡さんの熱は、強烈な太陽の熱だと思うんですね。まっすぐで、強くて熱い太陽の熱は素晴らしいプロを生み出しますが、社会的養護の子の中には、時にそれに耐えられない子もいると思うんです。さっきの情動調律の話でいうと、熱すぎて波長を合わせられない子もいる。

 

だから僕の熱は、強烈に強くはないけれど、じわっと北海道の寒空の暖炉みたいな熱を目指しているんです。極寒の地に、暖炉が一つあったら、年齢は関係なく、みんながあったまりにくるじゃないですか。さっき言った「待ちの愛情」にも繋がる部分なのですが、そういうじわっとした愛情が、社会的養護の子には必要ではないかと思います。

  

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「里親が増えてくれれば、夢を持って生きられる子も増えるはず」と、坂本さんは話します。

 

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